カフカ「変身」…考えてみるほどオソロシス

 よくマンガやアニメでもじられる言い回しにこういうのがありますよね。


●「ある朝、○○が気がかりな夢から目覚めたとき、自分が一匹の××に変わっているのに気がついた。」


 これ、なんかすごく好きなんですワタシ。


 最近この言い回しを見聞きした作品といえば…

・「ドクロちゃん」で、桜くんが性教育の本を強引に読まされるシーン

ある朝、グレゴール=ザムザがなにか奇妙な夢から目を覚ますと、寝床の中で自分の毒虫が巨大に固くなっているのを発見しました。
「大丈夫だよグレゴール。それは病気なんかじゃない」



・アニメ版「さよなら絶望先生」第7話のBパート

「ある朝、グレゴール・ザムザが目をさますと神輿を担いでいた」



 なんてのが印象に残ってます。


 とても奇妙な事が起こったのに、それをひどく冷静に描写するこの言い回し…

 なんかこう、薄ら寒い感じ?がいいですよね。*1




 「じゃあこの言い回しの元ネタはなんなのよ?」と最近になって思い、元ネタを確認。
 図書館にあった作品集を手にとって、ようやく読んだのが、フランツ・カフカ作「変身」


筑摩世界文学大系 (65)

筑摩世界文学大系 (65)


 言い回しの本来の一節、

ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目覚めたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。

 から物語が始まり、真面目なセールスマンであった主人公グレゴールと、同じ家に住んでいてそれまで主人公が養っていた父・母・妹との、いたって普通だったそれまでの家庭生活がザムザの変身によって歪んでいく…

 というのが物語のあらすじ。


 冒頭の目覚めから最後まで、主人公の変身以外これといった大きな展開は一切起こらず、ただ淡々と社会や家族との関係が崩壊していく様子がつづられます。
 
 こういった突然変異物って自身の変異を解くために奔走したり、変異してしまった理由がじょじょに明かされていって盛り上がるのが普通ですが、この作品にはそれが一切ありません。

 グレゴールは理由も解決の術もなく毒虫になってしまい、部屋に閉じこもることになります。


 では同居している家族はどういう反応をするのか?

 家族たちも毒虫となったグレゴールの姿を気味悪がり、部屋に閉じ込めます。しかし、やはり彼は同じ家族の一員だと言う気持ちに変わりはありません。

 そこで直接の干渉は避けつつもグレゴールを家から追い出したりはせず、部屋にエサを運んだりグレゴールが動きやすいように家具の位置を変えたりして、グレゴールが自分たちと同じ家の中で生きていくことは保証します。

 ただそういった日常が過ぎていくうち、次第に「毒虫となったグレゴール」という悩みが大きなものになっていくのです。


 物語は、グレゴールが自らエサを食べるのをやめて餓死し、グレゴールの存在という悩みから解放された家族がそれまでの家を捨てて違う土地に移り新しい生活の一歩を踏み出す場面で終わります。




 自分がこの物語で感じたのは、どこにも悪者がいないという状況の恐ろしさです。
 
 グレゴールは天罰を受けるような悪人でもないし、彼を変身させた悪者が出てくるわけでもない。
 グレゴールが毒虫にされてしまう理由は全くありません。


 そして家族も、毒虫となったグレゴールを追い出したり殺したりはせず、せめてグレゴールが生きていけるように最低限の世話はしてくれる。
 彼が死んだあともそれを喜んだりせず、それまでの生活を終えて、淡々と次のグレゴールのいない生活を進めていきます。


 これ(この場合「同じ家族」というつながり)によって、主要人物の誰も、誰かを憎むことが出来ずただとれる対処をせざるを得ない。

 これにはヒヤリとした恐怖感とか切迫感みたいなものを感じます。


 一方が一方を悪いヤツとみなして責められるなら、それに鬱憤をぶつける事もでき、その場の気も紛れるでしょうが、それは出来ない。

 じゃあどうすりゃいいんだよ!…どうしようもないの?… 

    /\___/ヽ   ヽ 
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  |  、_(o)_,:  _(o)_, :::|ぁぁ 
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   \  /( [三] )ヽ ::/ああ 
   /`ー‐--‐‐―´\ぁあ 

 怖い、本当に怖いです。((((;゜Д゜)))



 このグレゴールと家族の状況、現代に生きる者としては「引きこもり」の姿とかぶってしまうんですよ。

 社会にうまく適合できない本人が全て悪いなんて言えないし(グレゴール)、だからって社会が自分の都合のよいものになるわけもない(解決できない変身)、身近にいる人達も悪いわけじゃない(家族)、って感じで。


 wikipediaでこの「変身」について調べてみると、以下のような記述があります。

主人公・ザムザ(Samsa)は、母音と子音の組み合わせから、カフカ(Kafka)を暗示しているといわれ、また、チェコ語で「私は孤独だ」という意味になると指摘されている。実世界において、カフカが家庭から厄介者になっているのはすでに知られていて、『父への手紙』で描かれている。カフカはこのことについて、否定も肯定もしなかった。

 この「変身」という物語は、作者であるカフカ自身の生活を暗示していると考えられます。

 つまり「変身」と似たような状況は、実際の人間の生活においても起こり得ることでもあるわけです。


 こんな状況にゃ陥りたくないなぁ…

 でも人生って、グレゴールが変身したのと同じくらい突然何が起こるかわからない。
 それがまた厄介だよなぁ。

*1:ドクロちゃん」アニメ版でも狂気と静寂が入り混じるような映像がつけられますし